黄昏時のつぶやき-2





平均寿命を過ぎて、後悔に似た時の流れの中で、ただ過ぎてゆく日日。
心に浮かんだ思いをつぶやくことで、自分自身を見つめ直してみたい。。

現状

八十六歳男性、無職、年金生活者。
 後期貧乏父さん。


現在まで、特に健康上の問題なし。
健康な八歳年下のかみさんと集合住宅で二人暮らし。孫は男子中学生一人。
外出が多いかみさんとの間で、やわらかい日常会話はほとんどなくなった。
魅力の一つだった明るい笑顔も久しく見ていない。責任の一端が自分にもあるような気がして少し気が滅入る。
今、幸せか?と聞かれれば返答に困るが、自分自身現在、不幸せでないことは実感できる。

2025・4

目標・・


平均余命を調べてみた。
余命通り進むとすれば後六年の人生ということになる。

大した意味も見つけることができず過ぎて行った六年の日々。
少し複雑な気持ちがある。

”自因自果”:現状は自分が創り出したもの。自分のことは自分で責任を持つ心構えでいるとしても、いつまでその気持ちを持ち続ける健康が保持できることか・・

勝手に被害者意識を持ち、口癖のように不平ばかり言っているかみさんの今後の生活、健康も気になる。

八十歳になったとき、思い付きでイタリア語会話勉強、ボケ防止が主目的で始めたもの。
結婚前、二十八歳、24日間のヨーロッパ旅行、 始めて現場責任者を任された、橋梁建設梁工事、下部工事から上部工事に移るまでの四週間ほどの間を利用した初の海外旅行、開通後それほど時間がたっていないモンブラントンネルを走った時のこと、エッフェル等の階段で全くの偶然で幼い娘さん二人を連れたジャンポール・ベルモンドにあったこと、サインをもらったこと、夕暮れのサンマルコ広場で飲んだビールのうまかったこと、バス旅行中に見たAuto strada del sole のいくつかの橋の美しさ、映画、歴史教科書の中でしか見たことがなかった風景の中に自分がいることの不思議な感覚、あの頃、若さの中に溢れていた熱いものに対するノスタルジアが後押しをしているようだ。

 

結婚後、東アフリカ、飛行場建設駐在時、マラリア休暇でバギーに乗せた一歳の長男とかみさんの3人でローマから地中海沿いのモンテカルロまでの普通列車旅行、明るい思い出の中で、イタリアで感じた自由、少しのいい加減さ、そんなものが自分の性に合っていると感じていることが背景にあるのかもしれない。

・・・・・

七十六歳、通算三十年近く海外工事関係で滞在したインドネシアから帰国。あれから十年が過ぎた。 

帰国前の十三年間。自分を少し取り戻すことが出来た期間と考えている。今でもありがたいことだったと感謝の気持ちで振り返ることができる。 

かみさんと出会い、結婚、海外工事従事が長かった勤め先を六十二歳で退社。自分のやってきたことに不完全燃焼の気持ちがあり、何かを探していた時に、幸いなことに自分に会った仕事に巡り会えたもの。

無計画で気ままな生活を送っていた。初めの会社勤めを終えた時点で気が付けば老後生活資金などというものは全くなかった。かみさんの心持を暗くさせないためにも、第二の勤め先が必要だった。

あの十三年間がなければ、自分の生きてきたことについてもっと自分を責めていただろうと感じている。


そのインドネシア時代の後半十三年間。自分の思いをいくつか記録している。その中の一つ”幸せを感じる時”

・・・・・・
 

”幸せを感じる時” 


私は幸せ者だ。

年齢は七十歳を少し過ぎたところ。

毎朝二時間ほどかけて現場を廻り、小さな変化を見つけ、驚き感動し対処することが私の現在の仕事。仕事というより生活そのものといった方が今の私にはしっくり来るような感じがする。

 

インドネシアで何年が過ぎたのか、はっきり記憶していない。三回目の今回の長期単身赴任が既に七年を経過したことから考えても通算二十五年以上は当地でお世話になっているのだろう。

 

最初の十年間は家族と一緒に、家族は勿論、私も若かった。建設という仕事を選び、海外で建設事業に携わっていることにそれなりに満足していた。当時もこれといった夢を持っていたわけではなかったが、いつも私は本物に近づきたいと思っていたような気がする。

 

通貨危機後の不景気の中、定年退職を間近に控え、本物の具体的な姿を掴み切れないまま、ジャカルタで帰任までの日々をすごしていた当時、帰国の挨拶にと立ち寄った今の職場の現地法人の若い社長が言われた言葉が私の心の中に沁み込んだ。
 

全従業員がその職場に誇りと自信を持って明るく、いきいきと働いていた。私はこの会社もそういう会社にしたい。楽しい旅行だった。

正月休みを利用しハワイへの家族旅行で、あるカントリークラブを訪問した時に受けた印象を素直に述べられた社長の言葉だ。

 

ご縁で、今の仕事をさせていただくようになってから折にふれ、幸せを感じることが出来るようになった。

 

目が覚める。暗い窓に水滴が当たっている。雨脚が強烈なものになっているようだ。一巡りしてきた方がよさそうだ。身支度を整え、車に乗り込む。フロントグラスに滝が落ちてくるような強烈な降雨になってきた。現場のあちらこちらで自由を得た濁流が喜び勇んで奔放に流れ始めている。あらかじめ見当をつけておいた数箇所を廻ってみる。“よかった。この分なら今夜もまず大丈夫だろう。”

計画しておいた最大の水量にはまだ余裕が有る。大きな被害にはなら無いだろう。

 

小一時間も経ったろうか、先ほどまでの豪雨が嘘だったのように上がってしまっている。洗われた夜気の中で人気の無い路面を街灯が照らしている。開け放した車の窓からのやさしい空気に身を浸して、もう一人の自分と話をしてみる。念のためにもう一度廻って帰ろう。

夜明けまでには未だ時間があるだろう。

 

何時ものように現場巡廻に出かける。ここ数年の間に植樹した樹木達が今朝は急に大きく成長したように感じられる。枝先の幼緑もきらきらと輝いている。あらためて見回すと道路わきの花々もいっせいに咲き誇っている。此処も少しずつ変わってきたな・・・

 

先に作業を終えるのを気兼ねしてか乗合わせの単車の上から泥で汚れた袖口を振って作業員たちは三々五々現場から去った。夕日のなかで一台になった重機がぽつりと残りの仕事を続けてくれている。一区切りつけるまでその日の作業を止めたくない私の気持ちを汲んでくれる彼の心意気がうれしい。

 

一年に一週間ほど日本に帰る。子供達もそれぞれに独立し家には二人だけ。お互いに話すことがなくなりかけた頃に、かみさんに幸せについて話をしてみる。夜中の見廻りで自分自身を見つけた時のこと、成長してゆく樹木、花々のこと、私の錯覚かもしれないが慕ってついてきてくれる現場の人達のこと。

 

“貴方って本当に幸せな人ね”

 

十五年以上は別居生活をしている。

お互いの価値観を十五年の間にそれぞれ積み上げてきた。

お互いの価値判断基準が同心円になることは無いだろう。

 

今日も現場で流れるような汗をかいた。腕にまだらに吹き出た塩に夕日があたっている。黄金色に染まった樹々の間を涼しさがまぎれ込み始めた風が吹き抜けてゆく。今日もビールがうまいだろう。

 

俺は本当に幸せ者だ。

これこそ本物の幸せだ。

 

どこかでかみさんが独り言を言っているようだ。

“あの人って本当に幸せな人なのね”

 

・・・・・・ 

 



日々の

つぶやき




2025・4・8

 

パソコンが突然壊れた。新しいパソコンを手に入れた。

自分の残りの人生を考えて、少し迷ったが128,000円で購入してきた。

1.    好きな時に好きな音楽が聴きたい。

2.    八十歳から初めて、今も続いているイタリア語の勉強を続けたい。

3.    頭に浮かんだことを記録していると、自分が生きていることが実感できるようで、なぜか気分が落ち着く、いらいらしないためにも記録することを続けたい。

この辺が購入を思いついた動機か・・・

 

今季の桜ももう終わりに近い。

それほど寒くはないので、午後からでも近くの公園の桜を見てこよう。

来年も花を愛でる気分になれるかどうかの確信もない。

自然がくれた贈り物を、感謝の気持ちで受け取れる幸せを実感しよう。

 

 

2025・4・12

 

7:20起床。

土曜日の朝、今朝もラジオ体操はしなかった。

ラジオが壊れて以来、起床時間がバラバラになってしまった。

基礎体力保持のため、朝の体操は続けたほうが良いように感じてはいるが、テレビ体操で代替できる。
手持ち資金も少ない。
新しいラジオ購入は見合わせよう。

 

一人での朝食時、かみさんから、今日は一日在宅予定とのこと伝えられる。

先生の都合で、コーラスの練習、明日の日曜日に変更になったとのこと。

 

特に決まった予定があるわけではないが、かみさんが一日在宅ということになると・・・

13時からパソコン遠隔サービスの予定。

先日購入したパソコンで印刷ができない。問い合わせたところ、今日の予定が取れているもの。

 

日記記録と思い、パソコン開く。

メールを開いてみる。受信なし。

 

”昨日、大宮公園に花見に行きました。

来年もまた自力で花見をするような気分と体力を持ち合わせているかと、自問しながらの散策でした。人出はそれほどでもありませんでしたが、桜は満開で、自分の幸せな状況に気づかせてもらえたことへ感謝しながらのものになりました。

 

花見場所途上にある東光寺というお寺に立ち寄り、お釈迦様に感謝申し上げてきました。

お誕生日のこと、12月8日のこと、ご説法のこと等々です。

貴方様とのご縁のこと、不満たらたらのかみさんにも感謝できそうな気持を持たせてもらえるような心持になってきたこと、も併せてお礼申し上げてきました。

 

先日送っていただいた“ダンマパ”少しずつ読み進めています。

来年も、素直な気持ちで、”花祭り“のお礼に参上できるよう、自分なりの精進努めようと考えております。 “ダンマパ” 送信ありがとうございました。“

 

上記、数日前に先達宛て送信メールのコピー見ているうちに少し気持ちが落ち着いてくる。

 


 

2025・4・21

イタリア語検定試験の結果判明。不合格。

1年先の検定試験に挑戦の意欲を同時に獲得。

もともとボケ防止のために始めたこと、検定試験合格が目的ではないが目先の目標ができたことは、単調な生活に喝を与えてくれるだろう。

宝くじで高額当選金が当たったら、イタリアに2か月間ほど小旅行をと考えてもいる。

その時がもし来ればイタリア語で買い物程度はしたいと考えているもの。

宝くじを少額で継続的に購入する、自分なりの言い訳もできたことになる。

併せて体力維持の努力も、予定に加えることができる。

何のために生きているのか、はっきりしないような生活の中で、始めた挑戦だったが、副次的な効果もある。続けることにしよう。

 

2025・4・22

いつもより早めに目が覚める。5起床、テレビ体操まで時間があるのでお茶を沸かして飲む。

昨日のLOT-6の結果を新聞で見る。珍しく好きな数字が並んでいる。

6:25テレビ体操を終えたところで、かみさん起床。朝食の準備始める。

自室に戻ってP/CでLOT-6の結果一応チェックしてみる。240,400円が当たっている。

1時違いの3等賞、もう一つ数字が合っていれば、107百万円。びっくりすると同時に、ひょっとしたらイタリア旅行が・・といった気分になる。
前回の一字違い当選からもう8年も経っている。
 

先達宛てにお布施を送る手続き、パソコンでする。

先日、“ダンマパ をメールで送っていただいた時に、文末に、遠慮がちに記述してあったお布施のこと、あの時は、残念ながら現時点ではできないと返信しておいたが、宝くじが当たった今なら出来そうだと判断したもの。

 

 

2025・4・24

3か月ほど行かなかった床屋に行き。伸び放題になっていた髪と無精ひげを切ってもらう。

床屋の女主人のアドヴァイスで9mmの丸坊主にしてもらう。前回、誕生日前に床屋に行った時、暖かくなってくる次回は丸坊主にしたいと予告してあったものを、実行してもらったもの。

大学入学当時まで、丸坊主だったので六十五年余の復帰ということになる。

人生RISETというほど大げさなものではないが、心の底に潜んでいる何かをもう捨ててもよいのではと心機一転の気持ちも少しある。

 

 

2025:5・5 

連休中日。 

何もやる気がなくぼんやりしていたが、思いついて先日申請した、新しいh/pにアクセスしてみる。申請後、24時間程度アクセスに時間が必要かもしれないということで、ほっておいたもの。パスワードが違っているということで、アクセスできず。何回かトライしてみるがうまくゆかず。連休明けに、サポートデスクに相談してみることにして、またほったらかしにする。時間はあるのだから、あわてることはないと勝手に自分に言い聞かせる。 

 

2025・5・19 

連休もどこに行くということもなく終わってしまった。 

ほとんど毎日、外出しているかみさんが休み中は在宅が続いた。不機嫌をうつされたくなくて、こちらが外出。宝くじ購入資金をと考え、2回ほど行ったパチンコも見事連敗。 

当たれば昔の工事現場でも見に行ってみるかと考え、10枚セットで購入したミニジャンボも高額当選なし。週に月曜、木曜、金曜の3回程度、インターネットで購入続けているLOT-6,-7もその後、1000\の当たりが1回あっただけ。 

折角、“天”が差し伸べてくれた、恵みの手、先日の当選金をこんな形で使っていては・・・ 

六年の内に次回を期待するのは、恥知らずか? 

 

H/Pにアクセスしてみる。 

何回かのtryの後、一応開設には成功した。 

ページ上欄の“問い合わせ”というところから、試しに自分宛てにメッセージ入れてみる。 

受信欄に、入信していること確認。一応形は整ったことになる。 

自分見直し用のメモとして、作成始めたが、何か気付くことはあるのか? 

その時が来ることはあるのか? 自問してみる。 

帰国後、1年間ほどの思いをつぶやいた、”黄昏時のつぶやき”第一回分(2018・10~2020・5)を見てみる。 

 

 

2025・5・24 

イタリア語で初めて夢を見た。 

英語、インドネシア語では何度か見たことがあるが、初めての経験。 

自分でも意味の分からない、会話だったような気がするが、イタリア語であったことは間違いない。勉強開始後、六年余が経っている。 

 

年あたり五十回以上やっていたゴルフも、帰国後一度もプレーしていない。ゴルフの球がうまく打てない夢など、寝覚めに明るい気持ちになれないものが多かった中で、意味不明だがイタリア語での夢は、嬉しかった。ほっとした。 

六年先には何語でどんな夢を見ているのだろう? 

 

 

2025・5・30 

4:00起床。 

夢を見た。何か積極的な感じのする夢だった。内容は思い出せないが、自分を責める感じの夢ではなかった。 

もしやと思い。昨日のLOT-6の結果新聞で見てみる。 

考えたことが有るような数字が並んでいる。他の人も自分なりのデーターを作って対処しようとしているのだなと感じる。1等当選口数が5口もあることに驚く。キャリーオーバーがないことにも気が付く。 

神殿の榊の水交換し、コーヒーを沸かして飲む。 

P/Cを開き、結果もう一度チェックしてみる。 

購入二口分に、一つも該当数字なし。残念でした。 

 

外が薄明るくなってきた。小雨があるようだ。 

5月もこんな感じで終わってゆくのか・・・ 

 

・・・・・ 

老化という言葉は、少し消極的な響きがあるような気がする。 

老化でなく成長と考えたらどうだろう。心身ともに日々成長している。若いころと同じようなスピードでどんどん成長している。 

人間として、これ以上の成長がないと”天“が見極めた時に”死“が来る。 

次界への通過点で感じることが、人間としての自己評価。自分にとっての本当の評価。 

次界へ誕生する決意でもある。そんな風に感じることにしている。 

 

網戸の向こうの東の空は薄暗いまま、雨が少し強くなってきたようだ。 

口の中にコーヒーの苦さが少し残っている。いつものように緑茶にすればよかった。 

 

5時10分。テレビ体操が始まるまで、時間がある。 

何かの拍子でかみさんが起床してきて、一言、二言小言を言われる前に自室に戻って二度寝としよう。 

 

2025・5・31 

4:00起床。 

今日も早く目が覚めた。新聞は未だ配達されていない様子。 

形上は公開しているH/P。やめたほうが良いのではと感じる。他人様の目を意識して、結局、自己顕示したいだけのことではないかと思えてくる。何の為に? 

 

思いついてインターネットで昨日のLOT-7結果チェックしてみる。 

3口購入、3口とも3数字該当があるがラッキーナンバーなし。賞金なし。 

高額当選が近付いているような気分になる。 

それだけでも、小口購入継続する意味があるような気もしてくる。 




6月に入った。

2か月分を読み直してみた。写真の種類、配置少し変えたいところあるが、やり方よくわからない。いずれ誰かに聞くことにしても、つぶやくことが目的、大事。構成が気になるということは他人様の目が気になりだしたということか?

構成のことなど気にせず、今まで同様、つぶやき続けることにしよう。自分が何か見えてくるかもしれないから・・

2025.6




2025・6・3
 
惰性で続けているようなイタリア語勉強の後、アメリカ野球見る。大谷23号打つ。すごい。
 
努力してきた分野で、自己発信し他人に生きる勇気を与える、しかもそれを自分ではあまり実感していない様子。すごいことだと思う。
 
自分の能力も顧みず“最大多数の最大幸福”を価値基準に生きている。などとつぶやいていた勤め人時代の自分が恥ずかしい。
かみさん一人も幸せにできていないじゃないか?
 
誕生日に導師から送られてきたお祝いへの返信メール見てみる。
 
・・・・・・・・・・・・・
 
導師様
 
誕生日にあたってお励ましのメールを頂戴いたしました。
有難いことだと感じております。
ご自分のミッションを見つけられそれに向かって、日夜努力しておられる姿勢に
何時ものことながら、深い感銘を覚えます。
 
勤め人の頃は“最大多数の最大幸福”を一つの価値基準に生活しておりました。
勤め人卒業後、幸福の意味に人それぞれのものがありそうなことに気が付き、“得意分野で自分が持っている何かを少しでも、発展させ次代に引き継いでゆく“ がそれに続きました。しかし金銭最上主義の風潮が強い昨今、その中で自分の得意分野も不明瞭のまま、発展の意味も不明確となりつつあり、八十六歳になっても、生きている本当の意味を見つけきれずに、その日暮らしを致しております。
 
お釈迦様の教えは、深遠な智慧であると同時に、究極の個人主義のように、現時点では私には感じられます。
導師様が言われているような仏縁とは程遠いところに私はいるようです。もう少し時間が必要なようです。もっとも、それほど時間は残っておりませんが…
残り少ない時間で、天が私に与えようとしたものが何なのかを、またもし与えられたものがあるとすれば、結果的にそれにどれだけの努力をしてきたのかを、見つめてゆきたいと感じています。
ご自分のミッションに向かって、益々のご精進とご発展を祈念申し上げます。
御励ましのメールありがとうございました。
 
Have a nice day!!!
Buona giornata!!!
Hari indah!!! (インドネシア語です)
よい一日を!
 
///////////////////////////////////
 
トランプさんの言動を見て、文化の違いというだけで片付けてよいものかと感じていた、3か月半ほど前。導師からの誕生祝メールへのお礼に感じたことをつぶやいたもの。読み直して、しばらくぼんやり。
 
 
長嶋茂雄が死去したと、インターネットの情報。八十九歳。
”ご苦労様でした“
 
後、三年かと思う。
 
 
2025・6・6
 
かみさん、麻雀教室に行く前に、眼医者に行くということで、早めに出発。
Moglie usce di casa.(かみさん、外出)
日記帳をできるだけイタリア語でと考えているが、最初に覚えたフレーズ。他の日常の出来事もできるだけ、と考えているが、なかなか容易でないことに気が付く。何事も繰り返しが大事と思い知る。

昨日の残り物があるので、昼飯は確保したこと確認。
 
今日は、バッハを聞きながら、H/P読み返してみる。あまり、聴いたことがない音楽だが流れるような音楽が心地よい。音楽を、好きな時に聴けて、年金口座管理をすべて掌握している 外出好きで元気なかみさんがいて、自由の時間に漂っていることが出来る。
こんな幸せがあるだろうかと気が付く。
 
二人の自分がいることは、かなり前から実感していたが、二人の境目がごちゃごちゃで3人目の自分と重なっていた。音楽聞いているうちに、自己否定の自分と自己肯定の自分だったのではないかと気が付く。
今までは、軸足は自己否定の自分のほうにあったような気がする。
平均寿命を過ぎた今、もう軸足を自己肯定のほうに移してもよいのではと感じる。
“つぶやき”の効果を実感する。
新しく購入したコンピューターも高いものではなかった!!!


 
2025・6・10
北陸、甲信越が梅雨入りした模様と気象庁が発表したとのこと。
昼食後、イタリア語会話を聞き流しながら、インターネット・サーフィンしていて、今年はイタリア語秋季検定試験が実施されることを知る。
惰性になってしまって、気分が乗らない勉強に喝を入れるために受験を思いつく。
空模様と同じく気分が晴れずにいたところに一条の光が射し込んできたような気分になる。
 
早速、近くのコンビニに行き、酎ハイ3缶購入してくる。
19時からのW杯サッカー予選対インドネシア戦見ながら飲むことにしよう。
酎ハイ購入前に聴いていたL’appuntamentoを“タンホイザー”に替えて、すっかり気分高揚する。これも副次的効果の一つかと一人でほくそ笑む。
 
2025・6・12
以前は夢を見ると、おおぼろげながら、内容を覚えていたような気がする。
最近は、寝覚めが良いか、悪いかの区別だけになってきたような感じがする。
 
“3億円が当たるまで“というようなタイトルの短編小説が書けないだろうか? その時にこの”つぶやき“をベースにすることは出来ないだろうか? 実際にあたった時にはどうなるだろう? 寝覚めにそんなことを考える。心のどこかにそんな、気持ちが潜んでいるのか? H/Pの構成が少し気になるのは? いずれにしても早朝の夢は、自分を責める感じの夢でなかった。
 
2025・6・27
 
6月16日に久しぶりに上京。
最初の会社の卒業生4人で集まったもの、酒を飲みながら言いたいことをいう。
一回りほど違う二人が、話聞き上手で、言いたいことを言いたいように言わせてもらえる。
ふと他の人は楽しくはないのかもと思う時もあったが、無責任言いたい放題のことをいう。ありがたいことだ。
 
懇親会の次に日から咳が出始め、体調の悪い日が続いた。
体調が悪いと、何もする気がしなくなる。老いを強く感じる。
何も気力がなくなってゆく、それが突然にくる。気が付いた時には何もする気が起こらなくなっている。老いとはそういうものなのかもしれない。ここのところイタリア語勉強もする気がなくなっていた。体がだるい日が続いたので、朝であろうと昼であろうと、眠くなったら眠るようにしていた。今日は少し調子が良くなったようだ。先ほどシャワーを浴びたのもよかったのかもしれない。
気が付いたら夏至も過ぎてしまった。
 
シャワーを浴びたらのどが渇いたので、酎ハイを買いにS/Eに行く。ATMで金を下ろそうとすると残高がないというメッセージが出る。持って行った200円で一缶だけ購入して戻る。
音楽を聴きながら酎ハイ飲む。ああ何という幸せ!!
 
HANDELを聞いてみる。懐かしい曲が聞こえてくる。これもHANDEL?
40歳頃だったろうか・・・仕事で韓国に出張したときに、夕食までの空き時間に、中級ホテルのラウンジで一人ジントニックを飲んでいた時に、若い女性がピアノを弾き始めた。
なんと心にしみる曲だろうと感じたことがあった。その後何回か聞こえてくるたびに、あの頃の心のすわり所を懐かしんで聞くことはあった。
早速調べてみる。Passacaglia:スペインの舞曲とある。
 
 2025・6・10
北陸、甲信越が梅雨入りした模様と気象庁が発表したとのこと。
昼食後、イタリア語会話を聞き流しながら、インターネット・サーフィンしていて、今年はイタリア語秋季検定試験が実施されることを知る。
惰性になってしまって、気分が乗らない勉強に喝を入れるために受験を思いつく。
空模様と同じく気分が晴れずにいたところに一条の光が射し込んできたような気分になる。
 
早速、近くのコンビニに行き、酎ハイ3缶購入してくる。
19時からのW杯サッカー予選対インドネシア戦見ながら飲むことにしよう。
酎ハイ購入前に聴いていたL’appuntamentoを“タンホイザー”に替えて、すっかり気分高揚する。これも副次的効果の一つかと一人でほくそ笑む。
 
2025・6・12
以前は夢を見ると、おおぼろげながら、内容を覚えていたような気がする。
最近は、寝覚めが良いか、悪いかの区別だけになってきたような感じがする。
 
“3億円が当たるまで“というようなタイトルの短編小説が書けないだろうか? その時にこの”つぶやき“をベースにすることは出来ないだろうか? 実際にあたった時にはどうなるだろう? 寝覚めにそんなことを考える。心のどこかにそんな、気持ちが潜んでいるのか? H/Pの構成が少し気になるのは? いずれにしても早朝の夢は、自分を責める感じの夢でなかった。
 
2025・6・27
 
6月16日に久しぶりに上京。
最初の会社の卒業生4人で集まったもの、酒を飲みながら言いたいことをいう。
一回りほど違う二人が、話聞き上手で、言いたいことを言いたいように言わせてもらえる。
ふと他の人は楽しくはないのかもと思う時もあったが、無責任言いたい放題のことをいう。ありがたいことだ。
 
懇親会の次に日から咳が出始め、体調の悪い日が続いた。
体調が悪いと、何もする気がしなくなる。老いを強く感じる。
何も気力がなくなってゆく、それが突然にくる。気が付いた時には何もする気が起こらなくなっている。老いとはそういうものなのかもしれない。ここのところイタリア語勉強もする気がなくなっていた。体がだるい日が続いたので、朝であろうと昼であろうと、眠くなったら眠るようにしていた。今日は少し調子が良くなったようだ。先ほどシャワーを浴びたのもよかったのかもしれない。
気が付いたら夏至も過ぎてしまった。
 
シャワーを浴びたらのどが渇いたので、酎ハイを買いにS/Eに行く。ATMで金を下ろそうとすると残高がないというメッセージが出る。持って行った200円で一缶だけ購入して戻る。
音楽を聴きながら酎ハイ飲む。ああ何という幸せ!!
 
HANDELを聞いてみる。懐かしい曲が聞こえてくる。これもHANDEL?
40歳頃だったろうか・・・仕事で韓国に出張したときに、夕食までの空き時間に、中級ホテルのラウンジで一人ジントニックを飲んでいた時に、若い女性がピアノを弾き始めた。
なんと心にしみる曲だろうと感じたことがあった。その後何回か聞こえてくるたびに、あの頃の心のすわり所を懐かしんで聞くことはあった。
早速調べてみる。Passacaglia:スペインの舞曲とある。


 


7月になった。


少し空けてしまったが、つぶやき続けようと思い直す。

2025 7・7
先日来の体のだるさは、コロナの後遺症状ではなかったかと思う。
久しぶりに電車に乗ってマスクもせずに、上京したのでコロナを貰ってきたのかもしれない。今日は体の疲れをあまり感じない。
 
七夕になった。
 
6月27日にLot-6で¥900の賞金が久しぶりに当たった。*いくら夢を見ても、高額賞金はもう当たらないよ、*もっと努力してイタリア語がある程度話せるようになったら、イタリア旅行の前提となる高額当選金を考えなくもないよ、天のささやきはどちらなのか?
後者のほうと勝手に考えて、本日抽選のLOT-6、3口購入しておく。令和7年7月7日と好きな7が3個続くので縁起を担いだもの。進展が遅くて努力がそがれそうになる、イタリア語勉強の励みにもなれば、と考えてのこと。幸せを見つけに行くのと同じように、どんな小さな希望であっても、自分で見つけに行かなければ見つかるものではないと自分に言い聞かせる。


 

2025・7・8 

昨日購入したLOT-6、3口X1000=3000¥当り!!! 

思い直して、イタリア語勉強始めたのが、よかったのか? 高額当選金獲得が近づいたようで、少し元気が出てくる。 

もっとも、最近の暑さで体力の衰えを実感している。高額当選金が出てもイタリア旅行は実現できないかもしれない。10日ほど前に電話した時、九十三歳になっている次姉が言っていた言葉が気になっている。“生きているうちは生きてゆかなければならないじゃん” 

その時には“何もできないから“と慰問の訪問提案は断られたが・・・ 

 

八人兄弟姉妹の中ではただ一人結婚していなかった。 

一年半ほど前、同じ施設で老後を過ごしていた長兄が他界してからは、一人で寂しい思いをしているのではと、一か月に一度程度で御機嫌伺いをしている。 

八人兄弟姉妹の中では一番勝ち気で、優秀と親も認めていた。一番出来が悪いとこちらも親が認めていた私から慰問などという気もあったかもしれない。 

そうだ、高額当選金が手に入ったら、そのうちのいくらか持参して慰問しよう。 

お金のこと、二人の間の能力差のこと、生き残っている五人の姉、次兄、妹、高齢者同士の思い込み、みんな忘れて、何に感動できるか、何に感動しているか、だけを教えてもらいたい。それは体力が落ちても、できそうだ。しなければならないような気もする。 

 

原爆の日は過ぎた。今日は暑くはない。


3連休の最後の日。今日は”山の日”だそうな。気が付いたら8月に入って10日以上経っている。7月はlog数が少なかった。思い直して、またつぶやき始めよう。

2025・8・11

 

奇妙な感じのする朝だった。4時45分、今までやってきたことが、すべて何の意味もないような感じの中で目覚め。居間に移動。ヴェランダに出る。外は高曇りの静かな朝。はるか東南遠方に見えているタワークレーンが今日は見えない。静かなのではなく、耳が聞こえなくなっているのか?

かみさんの、煩わしさを少しでも減らせればと昼食準備前に外出。約7時間もパチンコした、昨日曜日の悪影響が急に体に表れたのかと感じる。不変と受け取っていた価値観が最近ぐらつき始めた。7月からの猛暑、トランプさんの無節操、無礼節、石破おろし、そんなものがごちゃごちゃになって、精神面、体調面にも変化が起きているようだ。新聞を読みながら、その日のスケジュールが決まってゆくような、毎日にどんな意味があるというのだろう。

釜本邦茂さんが他界したというニュース。81歳。自分より若い人たちがなくなってゆく。順番が、そろそろかと感じる。

気が付いたら死んでいた。ひょっとしたら“死”もそんな具合に急に体に起こる変化なのかもしれない。自分だけのことを考えれば、そうであったほうが良いような気もしている。

早朝から始まっていた、アメリカ野球を見る。大谷41号ホームラン打つ。すごい。

ホームラン数もさることながら、休みなく試合に出続けている、体力、精神力。見えないところでの強烈な練習、準備作業。それでも尚、自分を冷静に見つめ続けている向上心、人間性。素晴らしいの 一言に尽きる。

少し、やる気が湧いてくる。何を? 宝くじ購入を? パチンコを?

 

先週、10月12日に実施予定のイタリア語検定試験4級受験正式に申し込んだ。

本年3月4級受験、落第。明るくチャラチャラした感じの、言語。それほどではと考えての挑戦だったが、会話するには思いのほかに難しい言語。進捗状況確認を他人任せにするほど容易なものでないこと、と自身の高齢を思い知る。

ボケ防止が主目的で始めた、イタリア語勉強、選択に間違いはなかったことには気が付く。

せめてもの救いか?


 

2025・10・13 

 

昨日、イタリア語検定、受験してきた。 

受験者が、前回よりも大幅に増えていたことに驚く。 

先回落ちた4級、今度は大丈夫だろうと、高をくくっていたが、難しかった。 

また落第だろう。 

“難しかったですね~”“私にとっても、難しかったです。お年を召されているのに英語ではなく、イタリア語ですか?” 

すぐ後ろの席の、中年男性の‘有意義な日曜日を過ごすことが出来ました’受験直後の感想に、新鮮さを感じる。 

 

受験後、渋谷駅周りを歩いてみる。なんと人の多いことか? 

それぞれの人が、其々の想いで生きておられるのだろう。 

宝くじが当たらないのが、当たり前のように思えてくる。 

 

大宮に到着後、やめようと思っていたパチンコ屋による。少し勝つ。 

結果的に、私にとっても良い日曜日となった、ということか? 

 

今朝は昨日までのListではなく、From the new worldを聞く。 

一区切りあると、聴くことが多い曲の一つ。 

New worldという響きが気に入っている。 

これから先、どんな世界が待っているのか? 

 

2025・10・16 

 

一昨日、イタリア語検定試験、自己採点してみた。まるきり出来ていなかった。 

なんで、今回はあんなに難しかったのだろう。 

ボケ防止が目的とは言え、結果が付いてこないと、勉強続けるのが面倒くさくなり、3日ほど休んだ。他には全くすることがないことに気が付いた。 

 

気になっていた、机周り、部屋の掃除を昨日実施。ついでにイタリア語勉強資料も、一通り整理した。気温が下がってきて、気分も沈みがち。 

思い直して、今日から勉強再開。 

 

宝くじに当たったら、イタリアに小旅行し、イタリア語で会話楽しむことも、副題としてあったことを思い出したもの。試験に受からなくても、文法的に多少の間違いはあっても、イタリア語で記帳している日記帳のせいか多少の会話はできるようになってきているのではないだろうか? 

 

英語を勉強した時の、経験から、Canzoneを覚えることに、軸足を移してもと考える。 

You-tube開いてみる。イ語勉強時、BGMとして聞いていたリストのConsolation No.3が聞こえてくる。いつもより胸に沁みるような気がする。気候が移ってゆく背景もあるのだろう。 

 
2025・11・24

朝出かけたかみさんが先ほど(16:30)帰宅。

今日は早い帰宅だった

11月中にマスターしようと計画していた、CANZONI 3曲とも今朝歌詞全部間違いなく書き取れた。12月分として3曲選んで、2曲分歌詞を12月用の日記書式に書き込んだところ

 

思い出して、先月受験したイタリア語検定試験結果をチェックしてみる。不合格。予期していたことだから驚きはなかったが、合格率が30.5%と低いのには、少し驚いた。今回は少し難しかったのかもしれない。

来年春の受験を決心。

ボケ防止で始めたことだから、受験結果などは無視してもと思う気持ちもないではないが、一応の目安にもなり、励みにもなるので、受験決断。

 

ただ、考えていたよりはるかに難しい。経験からすれば、英語よりははるかに難しい気がする。もちろん始めた年齢のせいもあるのだろうが・・

 

昨日早朝、久しぶりに氷川神社まで歩いてみた。6時の開門前に着いてしまったので、門の外から健康だけ祈願して、東光寺に行く。読経が始まっていたが、途中から中に入る。

期待していた読経後の講話はなかった。

しばらく門外の祈祷室で座った後、帰宅。7時少し過ぎていたが、かみさん未起床。前日、遅く帰宅したのだろう。21:30就寝時には未帰宅だった。

 



「価値あるものほど成し遂げることは難しい」という言葉が示す通り、これまでにいくつもの困難を乗り越えてきました。そして現在も、クライアントの成功・利益のため、揺るがぬ信念に基づいてスキルアップを続けています。